大浦湾めぐりの後、シュワブゲート前へ行きました。

3月4日の「和解」後も、毎日9時〜16時座り込みは続けられています。

16時を過ぎていたので、座り込みは終わっていて
テントを守る方たちがいらっしゃいました。
お疲れにもかかわらず、座り込みテントのこと、
最近の様子など、丁寧に説明していただきました。
本当にありがとうございました。

18時半からは、渡具知さん一家のピースキャンドルに参加しました。

ずらっと並んで、「基地はいらない〜!」「大浦湾をまもろう〜!」
と大きな声で訴えました。

終了後、渡具知さん、浦島悦子さんから、
2004年にピースキャンドルをはじめた経緯、続けている中での
思いなどお聞きしました。
渡具知武龍君は、6/18東京で行われた若者たちによる
パネルデイスカッション「わたしと沖縄」で発言してきましたが、
中学のころから、「人前で話すのは慣れている」と余裕の発言。
それは、子どものころからずっと家族みんなで活動し、
基地はいらない、海を守りたいとの思いを、培ってきたからなんですね。
ご家族のきずなの深さを感じました。
このあと、浦島さん、渡具知さん親子、そして東恩納琢磨さん一家も
参加してくださって、民宿「てるや」さんで、バーベキュー交流会をしました。
ZAN

3月4日の「和解」後も、毎日9時〜16時座り込みは続けられています。

16時を過ぎていたので、座り込みは終わっていて
テントを守る方たちがいらっしゃいました。
お疲れにもかかわらず、座り込みテントのこと、
最近の様子など、丁寧に説明していただきました。
本当にありがとうございました。

18時半からは、渡具知さん一家のピースキャンドルに参加しました。

ずらっと並んで、「基地はいらない〜!」「大浦湾をまもろう〜!」
と大きな声で訴えました。

終了後、渡具知さん、浦島悦子さんから、
2004年にピースキャンドルをはじめた経緯、続けている中での
思いなどお聞きしました。
渡具知武龍君は、6/18東京で行われた若者たちによる
パネルデイスカッション「わたしと沖縄」で発言してきましたが、
中学のころから、「人前で話すのは慣れている」と余裕の発言。
それは、子どものころからずっと家族みんなで活動し、
基地はいらない、海を守りたいとの思いを、培ってきたからなんですね。
ご家族のきずなの深さを感じました。
このあと、浦島さん、渡具知さん親子、そして東恩納琢磨さん一家も
参加してくださって、民宿「てるや」さんで、バーベキュー交流会をしました。
